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ローズで扱うには、生地のデザインを杢調にして欲しい」。それを実現するために「染め」という難題が課された。この染めの問題は、包帯パンツの素材や製法を考えると糸まで遡る必要がある。こうして最終的に、包帯パンツは、「糸」「染め」「裁断」「縫製」の4段階で、それぞれこだわり抜いて実現した商品へと昇華していった。 日本のものづくり魂の結晶とも言える商品に、野木さんは「志道」と命名した。武士道の精神を受け継ぎ、一つの道を突き進む「志」のある人を応援するアンダーウエアブランドとして、ユナイテッドアローズから2007年11月6日、野木さんの誕生日に世に送り出した。 その後、若者のファッションをリードする伊勢丹新宿本店でも導入が決まり、じわじわとその話題性も高まっていった。2008年には、男性誌『メンズEX』でアンダーウェア年間大賞に選ばれ、販売も伸び始めた。その秋、野木さん独特の発想が大きな転機を引き寄せることになる。「志道」マーケティング戦略 当時、メンズ向けの派手なパンツが市場に出始めるようになった。2007年の紅白歌合戦でDJオズマが派手なパンツで出演したことがきっかけだったが、野木さんにとってはその派手なデザインの多くが男子が身につけるものとして許せないと感じていた。そこで野木さんは、「志道」ブランドの背景にある志を象徴する武士の甲冑(かっちゅう)を、包帯パンツにデザインすることを思いつく。包帯生地に複雑な模様をつけることは難易度を極めるため、岐阜県の「シルクスクリーンの仙人」と呼ばれる職人を訪ね、実現へと漕ぎつけた。新作発表のプレスリリースには「東郷神社」を選んだ。そして、ユナイテッドアローズ社長との縁を引き寄せた「和太鼓」を話題づくりに再び活用。境内で和太鼓ライブ付きの展示会を開催した。 この和太鼓が再び新たな縁を呼び込むことになる。太鼓の音に惹かれて東郷神社を訪れた人の中に、ビジネス情報サイト大手のCネットジャパンの記者がいた。その日Cネットこうして2006年に第1弾の「包帯パンツ」が完成した。だが、発売開始は翌年2007年11月。ここでさらなる課題が待ち受けていた。4重のこだわり 商品自体、他にはないユニークさを持っているが、マーケティングも野木さんならではのユニークな方法で進めようとしていた。 最初の大型受注はユナイテッドアローズ。その縁は、原宿商店会の新年会。同社社長の重松理氏が来るという情報をききつけた野木さんは自分を印象づけようと、和太鼓チームの一員として和太鼓を披露。そのすぐ後に名刺交換に行った。 この戦略が功を奏してすぐにアポイントがとれ、重松社長に会いにいく。そこで意気投合し、包帯パンツの販売に向けての戦略会議が始まる。ここでさらなる商品開発に迫られることになったのだ。「ユナイテッドアジャパンのニュースで紹介されたことをきっかけに、メディアからの取材が急増した。話題が話題を呼び、2009年までは取材の連続。「行列のできる法律相談所」や「NHKカワイイTV」などの情報番組にも野木さん自らが出演。ジャイアンツの高橋尚成選手からの問い合わせを受け、甲冑パンツをプレゼントしたことをきっかけに、巨人軍の選手の間でも人気が広がり、その選手が勝ち投手になることが連続した。すると「これをはくと勝つ」という験担ぎがスポーツ新聞に紹介されるようになる。2013年にはグーグル検索のキーワードで2位にランクインし、ワールドビジネスサテライトの「ト数々の場面で大型受注への糸口をつかんだ「和太鼓」甲冑パンツのプレスリリースは東郷神社。野木さんのユニークなマーケティング戦略が話題に火をつけた22March,2014 www.fitnessjob.jp

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