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October,2011 www.fitnessjob.jp37ジを続ける。辛いと思う前に、1日1秒を大切にしたいと、すべてを前向きに捉え、前進を続ける。母を亡くしたことより辛いことはない。挫折からの克服の大変さを思えば、挫折する前に....

October,2011 www.fitnessjob.jp37ジを続ける。辛いと思う前に、1日1秒を大切にしたいと、すべてを前向きに捉え、前進を続ける。母を亡くしたことより辛いことはない。挫折からの克服の大変さを思えば、挫折する前に努力するほうがいい。すべてのことを人生の糧にして、これからも力強く自分の夢に向かって歩み続けるに違いない。引退直後のブログでCHIEさんはこう記している。「第1ステージ、最高に幸せでした」。9月を迎えた今、ランニングを習慣にし、新たな仕事、職場での第一歩を踏み出した。CHIEさんの第2ステージを応援したい。頂ける仕事に就きたいと思うようになりました」こうして、高校を無事卒業。専門学校に進もうと考え、受験項目にあった「リズム体操」を練習しようと、受験対策として出会ったのがエアロビクスだった。当初は、ハイレグのレオタードが自分のファッション性からは理解できないと思ったり、うまく動きについていけないこともあって抵抗を感じていた。それでも、ついていけないことが悔しくてレッスンに繰り返し出るうちにだんだんとレッスンが楽しくなっていく。そして、インストラクターの笑顔に励まされ、またインストラクターの仕事に笑顔が重要であることを学んだとき、その仕事に強く惹かれるようになった。「母が亡くなる以前は、回りの方から笑顔を褒められることが多かったことを思い出しました。この仕事なら、親から貰った笑顔を活かして、自分がやりたいことができる。そう感じて、そこからはインストラクター目指して一直線でした」こうして19歳でのデビューに至ったのである。められて始めた剣道に打ち込んだ。中学生になる頃にはかなりの腕前で、将来は中学校の体育教師になり、剣道部の顧問になることを目指していた。厳しい中でもすくすくと育っていたCHIEさんにとって、人生の節目となる出来事が15歳の多感な時期に突然訪れる。最大の理解者だった最愛の母が他界してしまう。あまりのショックに、約1年間程何もできなくなってしまったという。「本当に辛い出来事でした。何をすることも、何を考えることもできなくなって、学校にも行けたり行けなかったり。それまで本当に好きだった剣道さえもできる状態ではなくなって。誰から声をかけられても、励まされても、どうしたらいいのか分からない状態が続きました。それを救ってくれたのが、運動でした。『このままじゃ、ダメな人間になってしまう』という気持ちが生まれてきたときに、少しでもできることからやってみようと走ることから始めました。そうしたら、少しずつ気持ちが明るくなって、『運動効果ってすごい!』と心から感じました。そこから、運動効果を使い気持ちが元気になってVol.22 GUEST「一番いい時に辞める」以来17年間、心に決めた3つの誓いを胸に、真っ直ぐに走ってきたCHIEさん。その間、結婚、出産、育児を経ても変わらずキャリアを築いてきた。プレゼンターとして活躍の場も全国に広がり、ウェアメーカーの契約インストラクターとしてイベント開催や販売にも携わり、インストラクターとして関われる仕事も広がっている矢先の引退。デビュー当時に誓った「一番いい時に辞める」ことを実行するための決意とはいえ、実際はその時期を見極めることは難しい。その決意への経緯をこう語る。「この5月に、いろいろなことが重なり、導かれるように今日の日を迎えた気がしています。とても自然に『今かな』と思えたんです。一つは、ダンスとの出会いがありました。自分がイメージしていたレッスンを遂行するために、どうしても最後まで納得がいかなかったのが動きの質でした。以前から、黒人男性のようなズシっと重みのある動き方をしたいと思っていたのですが、自分の動きに常に軽さを感じていました。どうにかしたいと考え、何かヒントになるのでは…と思い、昨年9月から、10年前からやりたかったHIPHOPを習うために、ダンススタジオに通い始めました。初めて体験レッスンを受けた先生が今もお世話になっているGROOVIN/SLASHのSHINGOさん。最初のレッスンは衝撃的でした。『こんな風に動きたい』とイメージしていた動きをまさに目にすることができ、レッスンの教え方も上手い。インストラクターを長くしてきたからこそ分かる、指導者としての質の高さにピンと来ました。そこからダンスの練習に打ち込み、自分のイメージする動きに近づくことができ、更にダンスの技術を磨くことに集中したいと思うようになったこと。もう一つは、お世話になっている業界関係者で、多くのインストラクターの管理や育成に携わっている方に『日本一のレッスン』とお墨付きを貰えたこと。『間違いなく日本一ですよ』と言って頂けたことは、すごく嬉しい評価でした。そしてもう一つ、これまで本当にお世話になったメンバーの方々や、フィットネス業界に恩返しができ、かつ自分が改めてチャレンジしたいと思える新しい道が見つかったこと。こうしたいくつものことが重なり、6月4日に、ブログで引退を発表しました」辛いと思う前に前進するCHIEさんが見つけた新しい道。それはダンスインストラクターとして、より広く運動効果を伝える仕事をしていくこと、そしてウェアメーカー社員として、これまでとは違った側面からエアロビクスのインストラクターたちをサポートしていくことだと話す。「私は現場を重視しながらも、出会いに恵まれて、様々な活動をさせていただくことができました。現場でお客様に支持されるレッスンができる本質的な力を持つインストラクターの中には、自分をブランディングすることに奥手な方も少なくないと思います。そうした方々の魅力や指導力に、より多くの方々が触れられるようにすることで、インストラクターという職業がまた一つ価値あるものになると思うんです。個人的には、ダンスやランニングといった、自分が救われたジャンルで、これからも運動効果を伝えていきたい。それを続けることで、お世話になってきた方々やエアロビクス業界、フィットネス業界に少しずつでも恩返しをしていけたらと思っています」CHIEさんは、とにかくチャレン第1ステージ、最高に幸せでした平千恵子さん大阪・神戸を拠点に週30本近くのレッスンをする一方、大学や専門学校での講師、インストラクター養成講座講師、エアロイベント「Delicious」主催、CLAPチーム契約インストラクターなど、インストラクターとして精力的に活動してきた。2 011年7月フリーインストラクターを引退し、新たな一方を踏み出す。ブログhttp://blog.livedoor.jp/doki2_waku2_aerobics/