May-June 2012 ◎ Fitness Business 60175うがないよね」と男性は言った。「みんな、まだそれどころじゃないからね。漁をやってる奴も、店をやってる奴も、みんな仕事もままならんし、客は来ないから金にはならんし」。男性は、「じゃあね、あんたらもがんばんなよ」と言い、再び歩き始めた。以前、福島市内のあるスポーツクラブでは、震災後9ヶ月の入会者数が昨年同期比で1〜2割増えた、とニュースで知った。これは、放射線による健康被害を心配して、戸外での運動を控える人や、同県内の浜通りからの避難者が増えたことが原因だという。しかし、そういった現実的な理由だけではなく、震災後の苦難を乗り越えるには“体力”がいると実感し、クラブに入会した人も多いのではないかと思う。この“体力”には、町を復興させるためにさまざまな労働を行うのに必要な、実質的な意味での“体力”も含まれているのはもちろんだが、今後長引くであろう困難を乗り越えるための“精神力”も含まれているに違いない。そのために、まずは身体を動かし、実質的な体力を身に付ける必要性を感じたから、スポーツクラブへの入会を決めたのだろう。しかし、その一方で、身体を動かす楽しさを知り、効果や必要性などを実感しながら、震災後、その機会を失ってしまった人たちもいる。私が出会った男性は、ひとりでも運動を続けているだけよいのかもしれないが、一切運動から遠ざかり、日常生活でのあれこれに追われている人も少なくない。むしろ、本当ならそういう人こそ体力をつけたり、気持ちをリフレッシュしたりといったことが必要なのだろうが、それをする金銭的、心理的、体力的な余裕がないのが現状だ。必要な人に、必要なものが届かない。フィットネスの世界に限らず、これは、世界中のあらゆるところで見られる問題点だと思う。お金や食糧といった物質的なものだけでなく、なにかをするという「機会」が届かない、あるいは、完全に失われてしまう。本来なら、社会がそうした人たちの状況に目をとめ、何らかの解決策を練るべく知恵を寄せ集めなければならないのだろうが、もし、彼らがそうした状況を「しょうがないよね」と受け入れてしまえば、社会はそれに甘えてしまい、たとえそうした状況に気づいたとしても、見なかったことやなかったことにしてしまうことも残念ながら少なくない。身体を動かすことを必要としている人たちがたとえ声高に求めなくても、きちんとその機会を届けたい。そうした手伝いができればと思って私もヨガの指導者資格を取ったのだ。自分自身、改めて今後を考える機会になった北関東の取材旅行だった。震災後、運動機会を喪失した人たちフリーライター 鈴木博子先日、北関東のある町へ取材に出かけた。フィットネスとは関係なく、あるガイドブックを制作する仕事だったのだが、プライベートも含め、昨年の大震災後、東京より北部へ出かけるのは初めてだった。滞在したのは5日間。毎日いろいろな人に出会って会話をした。その町は、少し北上すればすぐ福島県との県境という位置にあり、常磐沖で獲れるアンコウやヒラメ、ウニなどといった海産物で有名なところだ。しかし、今年は原発問題の影響により、これまでと比べて圧倒的に観光客の数が少なく、町には活気がなかった。話をさせてもらった方お一人おひとりは元気でも、食堂も民宿も観光地もガランとしており、通り過ぎる車のナンバーも地元のものしか見かけない。3〜4メートルの津波に飲まれ、壊滅したホテルやレストランは続々改装オープンしているものの、肝心の観光客がいない。「みんな同じ状況だもの、仕方ないよねえ」と、さみしそうな顔で語る町の人たちにかける言葉が見つからなかった。海沿いの国道を車で走り、ある観光名所に出かけたときのことだ。脇の細道を、競歩くらいのスピードでウォーキングしている男性がいた。たぶん、60代だろう。ジャージの上下を着て頭にはキャップを被り、まぶしさに目を細めるようにして歩いていた男性は、私たちが名所の写真を撮っていると「何をしているの」と声をかけてきた。「取材をしているんです」と返事をすると、「どこから来たの」と聞く。「東京からガイドブックをつくりに」と言うと男性は、「それはお疲れさんだねえ」と言い、足を完全に止めてカメラマンの大掛かりな器材を眺めた。「毎日、このあたりを歩いているんですか」私がそう尋ねると、男性はこう言った。「前はみんなでグループをつくってさ、歩いたり走ったりしていたんだけど、震災後はそれどころじゃないってことで、いつの間にか解散しちゃったんだよねえ」。海沿いのこのあたりは、市のなかでも津波被害のひどかったところだ。古い家屋は流されて全壊し、いまだにだだっぴろい更地になっているところもあちこちで目に付く。瓦礫などはきれいに片付けられているので、一見すると津波被害にあったとはとても思えないのだが、やはり実際に住んでいる人に話を聞くと、恐ろしい被害の様子が見えてくる。「みんなで運動するのは楽しかったんだけどさ、人が集まらなかったらしょうがないよねえ」。それ以来、男性はひとりで運動を続けているのだという。「寂しいですね」と私が言うと、「そうだね、でもしょAngle連載42視点Text by Hiroko Suzuki
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