May-June 2012 ◎ Fitness Business 60173会話は重要なサービスといえます。もう一軒は、福島市内の小さな酒販店である『きしなみ酒店』。通行量の少ない道路沿いにあり、うっかりすると見過ごしてしまうほど小さな店ですが、この店も多くのファンがついている名店です。こまめにニュースレターを発行したり、店内で試飲イベントを開催したりという販促努力に加え、この店のいい点も「会話が楽しめること」です。酒も嗜好品なので、ファンのなかにはうんちくを聞いたり、語ったりするのが好きな人は多いものです。そういう楽しみのあることが、店とファンの交流を増やしているようです。もちろんお酒を買うにしても、酒量販店を利用する人が多いのが実情です。価格が安いうえに、店員と会話する必要がない点も、いまどきの消費者には好まれているのでしょう。でもお酒を愛する人のなかにはそういう買い方では味気ないと感じる人は、どこにでも少なからずいるものです。フルサービスの意義消費者の求めるサービスは、大きく二分されます。1つは「私を放っておいてほしい」という心理的欲求に応えるノーサービス。つまり余計なサービスをしないことがサービスになる、という考え方です。ほとんどの商業、お客さまの名前を把握するのが困難な企業、価格競争を柱にする企業は、ノーサービスが最も適したサービス手法といえます。もう1つは「私のことを満足させてほしい」という欲求に応えるフルサービス。今回挙げた2店や、全国で名のある日本旅館、一流の料理店などがこれに該当します。店の人との楽しい会話はフルサービスの重要な一環であるということです。サービス業や商業には、業種が実に多くありますが、大別すればこのようにノーサービスとフルサービスに分けられるといっていいでしょう。自社はどちらの理念で進むのかを決めることは、大切です。ただ、全国チェーンや価格競争を目指すのでなければ、理念とすべきなのはやはりフルサービスでしょう。今回紹介した2店舗が堅調に業績を重ねているという事実が、フルサービスの大切さを証明しているように思われます。対極のサービス商業アドバイザー 小柳剛照昨年の大震災と原発事故の影響で、東北、特に福島県内の産業は、消費者の買い控え傾向、県外での風評被害、そして観光客数減少に苦しんでいます。地元企業廃業のニュースや、各地で商店が閉店する光景を目にすることも少なくありません。しかし、なかには堅調に業績を重ねる企業、新たな活路を拓いた企業もあります。今回ご紹介するのは、全国チェーンや量販店の手法とは対極の、あるサービスの効果を示してくれる事例です。計画的避難区域を離れて自家焙煎珈琲の店『椏久里』は、阿武隈山地の飯舘村の県道沿いにある小さな店でしたが、豆を選別するハンドピックと卓越した焙煎技術で多くのコーヒー党に愛される名店として全国に知られていました。しかし昨年3月の原発事故で、飯舘村は計画的避難区域になり、『椏久里』は村を離れることを余儀なくされました。福島市に避難していた経営者夫妻のもとには『椏久里』ファンから「またあなたの店のコーヒーが飲みたい」という要望が殺到。そこで、福島市内の空き店舗を借りて昨年7月に営業を再開しました。店舗の場所は、幹線道路から細い路地を入った行き止まりという不利な立地。それにも関わらず、『椏久里』再開のニュースを聞いた人たちが次々とやって来るようになり、店舗は飯舘村にあったときのようなにぎわいを取り戻しました。福島市には、全国的なコーヒーチェーンで、味にも定評あるSも出店しています。でもサービス面では『椏久里』と対極にあるといってもいいでしょう。Sはお客さまにオーダー品をお出ししたら、後はいっさい干渉しません。いまどきの消費者は、従業員との会話を嫌う人が多く、放っておいてもらうことを望む方も多くいます。お客さまが自由に読書したり、パソコンやスマートフォンをいじって過ごせることが、店のサービスのひとつであるといえましょう。そこもまた来店目的になるのです。一方『椏久里』では、店主夫妻との会話を楽しむ人が多く、そこでのコーヒー談義が楽しみで通うファンも多くいます。コーヒーに関するおしゃべりが、コーヒーの味わいをいっそう増すようなので、Illustration:岸本みゆきService連載90サービスText by Yoshiteru Koyanagi
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