May-June 2012 ◎ Fitness Business 60125日本初の石造りアーチ橋である、長崎市の中島川に架かる眼鏡橋平和公園にある、平和祈念像。右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る米倉孝一さん学生時代陸上長距離で活躍していた米倉さんは、故障などの経験から健康づくりに携わりたいと考え、フィットネスクラブで働く道を選択した。「それぞれが目的をもつ幅広い年代の方々と一緒に、笑顔で汗を流せることがこの仕事の魅力」と話す。2006年に支配人となるまで約12年間インストラクターを務めていた米倉さんは、支配人になると運動指導の現場から離れてしまうのではないかと不安もあった。しかし、実際は自分の裁量次第でそれまでと変わらずにお客さまと接する時間をもつことができた。また、次第に「プレイングマネージャーとして積極的にお客さまに接しながら、S.Bフィットネス佐世保1974年鹿児島県生まれ。熊本体育専門学校卒業後、西部ガス興商株式会社に入社。S.Bフィットネスサンテ飯倉店で12年間インストラクターを務め、同店の開設から支配人となる支配人としての気づきや考えをクラブづくりに反映できる」と新たなやりがいを感じるようになった。現場で仕事をしていたときから変わらず、お客さまの「ここへ来て運動するのが楽しい」「通っていたら結果が出た」という言葉が、米倉さんの原動力となっている。市や企業から受注している運動指導が拡大しており、健康運動指導士としての活躍の場は今後ますます増えることが予想される。そのようななか、「家族や友人に紹介したくなるようなアットホームなクラブづくりで、佐世保におけるフィットネスの輪を広げたい」と米倉さんは抱負を語る。内田理人さん大学で幼児スポーツを勉強し、2年間保育士を務めた内田理人さん。フィットネスとの出合いは、地域の公民館で偶然見たエアロビクスのレッスンだった。「もともとスポーツに興味がありましたが、仕事にしている人をほとんど見たことがなかったので、かっこいいと思いました。インストラクターの方と話してアルファステップのことを知り、保育園の仕事に違和感を覚えていたころだったので、仕事を続けながら実習を受けて資格を取りました」資格取得後、同クラブに入社するがレッスンでお客さまから厳しい指摘を受けるなど、壁を感じることも多かった。しかし、同クラブに入社するに当たって周囲から反対を受けていたことフィットネススタジオ アルファステップ1984年長崎県生まれ。教育学部幼児学科卒業後、保育園で勤務。’06年に同クラブに入社から、反骨精神をもって、必死で勉強した。「運動と音楽が好きで、その両方を使って人々を健康にできると思うとわくわくします」と、今大きなやりがいを感じている。将来の目標は「日本一のインストラクターになってこのクラブを大きくすること」と話す内田さん。夢に向かって日々邁進している。
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